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2015年2月 2日
vol.109 布施洋蘭園☆カトレアはどこへ行った?
むむ、そういえばなんだか最近生花小売店でカトレアを見ないと思いませんか?
日本国民、誰でも知っている花の一つであるにもかかわらず・・・です。
なぜでしょうか。アレレレ!?(・_・;? カトレアはもう流通しなくなってしまったのでしょうか。
(品種名:フェスティバルクィーン'ハゴロモ')
いえいえ、カトレアも切り花としてきちんと生産・出荷されています。
そこでカトレアの生産現場を拝見すべく、vol.109のウンチク探検隊は千葉県の山武市にやって来ました。
山武と書いて「さんむ」と読みます。2006年に山武郡だった4つの町村が合併し、山武市が誕生しました。人口およそ55,000人、農業と観光を産業のメインとしています。太平洋を臨む日本有数の砂浜海岸である九十九里浜に面した市です!
その山武市でカトレア生産に従事されるのが、布施洋蘭園さんです。
・・・が、布施洋蘭園さんにお邪魔する前に、チョコッとカトレアの予習です。
カトレアは19世紀初めブラジルで発見され、スコットランドに送られたのち、英国の植物学者ウィリアム・カトレイ氏の手によって開花が実現しました。このことにより、カトレイ(Cattley)氏の名前に因み「カトレア(cattleya)」と命名されました。
日本へは明治時代に伝わり、植物学者・牧野富太郎氏によって和名は「日の出蘭」と命名されています。それは、カトレアの凛とした美しい佇まいを日の出に喩えてのことのようです。
「日出ずる国」と言われた極東日本ですが、牧野氏はまさに日本の将来の繁栄をカトレアに重ね合わせて見ていた・・・かどうかはわかりませんが、その華やかさ、美しさを見出していたことは確かでしょう。現に、今では「洋蘭の女王」という異名を冠しているほどです。
さて、そのカトレアを生産されている布施洋蘭園さんの話に戻ります。この度は代表取締役・布施源一郎(ふせ・げんいちろう)さんにお話を伺いました。
布施さんは昭和53年よりこの地でカトレアとコチョウランの生産を始め、昭和63年からカトレアのみの生産を行っています。
そのカトレアが現在どのように作られているか、布施洋蘭園さんの圃場にいざ潜入です!
カトレアといえば、1年中いつでも入手できるイメージですが(生産者様のご努力のお陰です!ありがとうございます)、本来の開花期はいつなのでしょうか?
「本来の開花期、それは春咲き、夏咲き、秋咲き、冬咲き、それぞれの季節に咲く品種があります。」
なるほど、同じカトレアなのに開花期が品種によって異なるのですね。なんだか珍しい植物ですね。では、それぞれの季節に咲く品種を揃えて、次々と開花させていくイメージですか?
「いや、現在は多品種でリレーするのではなく、3品種程度に整理しているんですよ。
生産開始当初は、それぞれの品種を組み合わせて周年出荷を目指しましたが、年によって天候も違うし、品種を揃えたとしてもどうしても季節に端境期が出てしまう。すると出荷量の大きな波ができてしまって、お客様が必要なときに必要な量を出荷できなかったりしました。
そこで、開花調節の効く品種に切り替えて、電照やシェード(遮光)によって出荷量の波ができるだけ一定になるようにしています。現在はピンク系に関しては数品種にまで絞って開花調整をしています。」
(開花調整用の電照とシェード↓)
「例えば秋咲きのカトレアを夏の終わりから出荷したいという場合は、シェードで早めに暗くし、本来より早めに秋を感じさせる。同じ秋咲きのカトレアを秋から冬にかけて出荷したいという場合は、電照を使い夏を長めに感じさせる」
なるほど、日長を調整して、カトレアが感じる季節を人工的に作り出すわけですね!(-)
「電照する目的には、抑制栽培と促成栽培とがあります。
①花芽(かが/はなめ)分化をする前に電照を使い長日にすると、花芽分化を抑える抑制栽培
②花芽分化をした後に電照を使い長日にすると、開花が促進される促成栽培
になります。」
花芽分化のタイミングがポイントで、同じ電照を使ってもその前と後とでは、効果が全く逆になってくるわけですね!
「それぞれの品種に花芽分化はこの時期!という決まったタイミングがあるんですよ。
だから、"もうこれは花芽分化しているな"という時期を迎えたら、少し日を長くしてやると、普通より早めに開花する。
秋咲きであれば、夏くらいから室温に気を付けながらシェードをして日長を短くしてやると早く秋を感じますから、花芽分化が早まり開花も早くなる。
もしくは、花芽分化前に電照で日を長めにしてやると、開花時期を遅らせることもできるわけですから、そのようにしてできるだけ長く出荷できるようにして、出荷量の谷間をなくそうと思って取り組んでいるんです。
このように開花を調整しないと一斉に咲いてしまうため、ベンチごとに開花を調整をしています。だから同じ品種でも、このように開花しているベンチとしていないベンチとがあるのです。」
↑あ、ホント!同じ圃場の中でも、開花した列としていないベンチがあります!面白いですね~ヽ(' ∇' )ノ
花芽分化が大きなポイントということですが、花芽分化をしたかどうかは、どのようにわかるのでしょうか?
「それは、原種の組み合わせで決まっていて、この品種はおよそこのくらいの時期というのがあるんです。
この透けて見えるのがツボミです!」
ス、透けて見える??(゚_。)?ナンノコッチャ??
「ウン探さん、これを見て。ほら。」
ぅわわ!w( ̄Д ̄;)wワオッ!!
みなさま、よーーーーくご覧ください!
葉のようなものの中に何かが見える!!w|;゚ロ゚|w ヌォオオオオ!!
まるでレントゲンを見ているようじゃ!
「これがツボミ。ツボミを抱えているのは、シース(sheath)といって、ツボミを保護する鞘(さや)のことだよ。」
シースと言うのですね。(ウン探史上、NEW WORD!)
シースが出てきたら、ツボミが出ますよ~という合図です。ツボミが大きくなり開花すればお役目終了。しかし、開花後も花の下で黄色くなった鞘のようなものを見つけたら、それがシースです。
しかし、開花してからもシースを見ることができます。
「でも、カトレアの品種もいろいろでね。
カトレアなどのラン類は、一般的に鉢物では日持ちが長いイメージがありますが、その中でも切り花にすると花持ちの十分なものとそうでないものとがあるんですよ。いい花だなと思っても、このような電照などに対して、反応が悪かったりするとうまく開花調整できないし。」
切り花品種を選ぶときはどのような点をポイントにするのでしょうか(*゚・゚)?
「主なポイントは4つ。同じような顔をした同じ季節に咲くカトレアでも、次のようなことを必ず見るよ。
① 色彩が鮮明であること
② 営利的であること(生産的でよく開花すること)
③ 切り花にしたときに花持ちの良い品種であること
④ 電照やシェーディングなどにきちんと反応する敏感な品種であること」
おっと!切り花に向くカトレアの見極め四箇条!
カトレアの場合、これらを満たしたものが切り花に適した品種であり、布施さんはこれらの点を見極めて品種を導入し、あとは電照や温度調節などの技術で周年出荷を実現しているのです。
主力品種はこちら。フェスティバルクイーン'ハゴロモ'という品種です。一面に咲くとなんと華やかなことでしょう。
上品な淡いピンクと花径が大きい(最大で14-15cm)ことが特徴です。
ここで一旦まとめ☆☆☆
カトレアの開花期は品種によってそれぞれ。1年中欲しいといわれるカトレアですが、布施洋蘭園さんでは、どのように周年出荷を実現している・・・その方法こそ!
① 切り花に適した品種特性の見極め&(ピンク系に関しては)3品種程度に絞り込み
② 電照とシェード処理で日長を調整
なのでした!
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ところで、カトレアは周年需要があるということでしたが、どのようなシーンで使われているのでしょうか。そういえば昭和の頃、カトレアといえば一大ブームがありました。
年末のレコード大賞といえば、ピンクレディーから森進一さんまで歌手のみなさんも、挙句の果てにはプレゼンターの方まで胸にカトレアのコサージュ付けて、カトレアといえば日本国民1.2億人誰もが知る花だったように思います。
「本当にあの時は "あ、この花スゴイな" って思いましたよ。元を辿れば、切り花としてのカトレアは、戦後米国の進駐軍のパーティで一部使われたことが始まりでしょうね。その後国内では高嶺の花となった。
アメリカから営利生産が伝わって少し使っていましたが、それが昭和40年代後半頃から徐々に増えていったのではないでしょうか。
それが昭和後半にカトレアの知名度が一気に上がって、未だに "パーティではよく使われるでしょ" と言われますよ。全然使われていないのに(笑)。
確か、デパートの松坂屋さんの包装紙はカトレアでしたかね。」
松坂屋さんでは昭和32(1957)年、カトレアをシンボルフラワーに制定し、半世紀にわたり包装紙などにカトレアのデザインが採用されています。
そのほか、昭和の美容室の名前の典型例といえば「カトレア」ですし、何でも美しく華やかなものの代名詞として「カトレア」の名前が使われていたように思います。
バラを凌ぐほどの華やかさと高級感で、人気を博したカトレアですが、日々カトレアの生産と販売に携わる布施さんは、ある課題を認識しています。
「カトレアの切り花は、昭和50-60年代は婚礼や宴会需要も多かったのですが、平成に入ってからは葬儀需要が増えてきて、最近ではほとんどが葬儀と言ってもいいくらいで・・・」
そ、葬儀??「(゚ペ)
カトレアって葬儀に使われることが多いということでしょうか?
「一般的なピンクの花はそうですね。
白やグリーン系のカトレアなら葬儀以外でも需要があるんだけど、その量は少なすぎて、生産コストの高いカトレアではいつでも出荷できる供給体制を整えるのは難しい。それに切り花用に選抜するだけでも10年はかかる」
(品種名:【写真左】プリンセスベルス 【写真右】プリンセスキコ'ホホエミ')
ジュ、ジューネン・・・(+_+。)チーン 品種選抜にも生産にも時間とお金がひたすらかかるのがカトレアです。
「晴れ」の日を飾るカトレアを知る方からすると、今やカトレアの需要は一転、葬儀用が多いという事実を聞いて耳を疑う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、関東近県ではカトレアを祭壇に使うことは、もはや珍しくありません。
しかし、そのような需要もあり、1年中安定してお客様から注文をもらえるというのも事実です。
ただ、生産側にとっては葬儀需要一辺倒では変化がありません。
そこで、一つ課題を解決すべく導入したのが、こちら。レリアというカトレアに近縁のランです。
布施さんが導入しているこのレリアは、定かではないものの米国西海岸のラン園で育種されたという説が有力です。ですから、西海岸の都市の一つサンタバーバラに因んでサンタバーバラ・サンセット。
「この、ピンクともオレンジともつかない微妙な色合いが、サンタバーバラのサンセット(夕日)を思わせたからではないでしょうか。」
レリアの特徴は何でしょうか。
【その①】丈が取れる。
「60cmは十分に確保できます。100cmと言われれば、それも可能ですよ」
レリア属は花茎が長いものが多く、カトレアに似た雰囲気を持つ首長(クビナガ)属のランといった感じでしょうか。生産時はこのように洗濯バサミで支柱に固定します。
【その②】使いやすい小輪サイズ。
カトレアの中では小輪に分類されます。花径は5-7cm程度。他の花とも合わせやすいサイズが特徴の一つです。通常のカトレアは大輪で存在感がある分、他の花と合わせにくいということが小売りでの用途を限らせてしまっていました。その課題を克服した品種といえますね。
【その③】使いやすい中間色。
サンセットカラー・・・と言っていいのかどうかわかりませんが、オレンジともピンクともつかぬ、強いて言えばサーモンピンクともいうべき絶妙な色合い。切り花の大輪カトレアではなかなか見ない色ですね。
サンフランシスコとロサンゼルスに挟まれた西海岸のサンタバーバラに立ち夕日を臨めば、このような色に染まった太陽を目にすることができるのかもしれません。憧れの西海岸☆サンタバーバラ・サンセットを見ると、西海岸の夕日が目に浮かぶようです。
このサンタバーバラ・サンセット、上記のような課題を克服したといえども、現時点では流通期は主に1月から3月と大変限られた期間のみの流通となります。電照とシェードをしても今のところはコレが限界。この時期しか使えないというのも価値の一つではありますが、将来的にはもう少し流通期間を伸ばしていきたいと布施さんは言います。
ところで、このような優れもののレリアに、布施さんはどのように出合ったのでしょうか。
「出合いは東京ドーム!空調で揺れていたんですよ、レリアが!」
出合いを辿れば、それはもう10年以上前の東京ドームで開催された世界らん展なのだそうです。
「東京ドームで揺れているサンタバーバラ・サンセットを見たときに、タテ・ヨコ・高さ・時間(揺れ)を捉えた4次元のランだと思ってね。このランは次元が違う!と衝撃を受けて作ってみようかなと思ったんだよ。そりゃもう、神秘的にすら見えましたよ」
「ランの育種、とりわけカトレアの育種には時間と労力がかかりますが、先人達のお陰で今のカトレアがあります。10-15年の長いスパンが必要ですが、育種は大事ですね。
フェスティバルクイーン'ハゴロモ'について言えば、静岡にあるラン園で育種された品種で、冬咲きの大輪白のカトレアに白赤の品種を交配して選抜されたものです。白と白赤の交配であれほど鮮明な淡いピンクの花が出るとは思っていませんでした。やはり将来のために実生(育種)はやっておくべきでしょうね。」
カトレアの育種は気の長い仕事。布施さんは生産圃場の傍らでカトレアの「将来を育種」します。
【未来のカトレア創造の現場】
カトレアは一定の需要があるのでクオリティを落とさず、数量も安定的に供給していく一方で、布施さんはフローリストやデザイナーのみなさまに使っていただけるような小売用のカトレア、あるいは近縁の品種を日々模索しています。独特な造形美や高級感を活かしつつ、ほかの花とも合わせやすく、且つ切り花としての営利生産に適したカトレアであることが重要です。
「消費世代が変わっていくので、フローリストさんたちと一緒に葬儀に限らないカトレアの新しい使い方を提案していきたい」と布施さんは言います。実際、誠文堂新光社発行の『フローリスト』2011年7月では、日本花き生産協会洋らん部会カトレア部門のみなさまとフローリストのみなさまがコラボして、カトレアに見る新しい魅力を提言しました。
←詳細は『フローリスト』2011年7月号をご覧ください。
カトレアがご家庭で気軽に楽しんでいただける花、あるいは晴れの場でフォーマルに使っていただける花として、多くの人に愛される日が来ることを期待し、カトレアの将来に注目したいと思います。
最後に☆小売店の皆様へ「カトレアの水揚げについて」
カトレア(レリアを含む)を水揚げするときは、切り花栄養剤の使用をお控えください。
ほかの花は切り花栄養剤が大変効果的ですが、カトレアは水を吸いすぎてしまうと、花弁が透けるような現象を引き起こしてしまう可能性があります。ですから、カトレアは水道水に挿しておくだけで十分です。
頭が重く、花瓶が倒れてしまう恐れがある場合は、このように花瓶の中に石やガラス玉などおもりになるものを入れておくといいでしょう♪
<写真・文責>:ikuko naito@花研