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2007年7月16日

もう一度環境問題を考える

昨日、地元のスーパーに買い物に行ったら、自前の買い物袋を持っている人も結構いて、環境問題への意識が高まっていることがわかる。近くのワンルームマンションの外にゴミ置き場があるが、分別しそこないのものをあえて清掃局の係官は持っていかないのでいつまでも整理整頓されていない。管理人のいるところでは管理人が指導するのだろうが、大森近辺のようにワンルームマンションが多いところも困ったことだ。

先週の迎え火の日に、娘と娘の子どもたちと一緒に母のところへ行った。キリスト教の幼稚園なので、盂蘭盆会のことを教えたがどうも怪訝そうな顔で理解ができたかどうか。しかしそんな子どもたちもなんとなく地球温暖化のことはわかっているらしい。それは団塊の世代のヤングママたちが子どもたちのアトピーが普通のこともあって環境問題は結構関心が高いからだ。

だが、その知識もマスコミの受け売りが多いのが残念で、例えば北極海の氷が溶けたら本当に海水が上がると思っているから恐ろしい。学校時代にアルキメデスの原理を勉強したはずだから、北極海の氷が溶けても水面が上がらないことを知っているだろうに、オランダが環境問題に一所懸命なのは自分の国が水没しそうだからで、大森界隈は危ないのではと思っているらしい。もともと水だったものが氷になって浮くわけだから、氷は水より軽いわけだ。だから溶けたって同じ水面になるだけだ。それは水割りを飲んでいるからアルキメデスの法則など出さずとも僕は実感でわかる。南極は陸地で氷が張っているから温暖化で氷が溶け出すという人もいれば、むしろ冷蔵庫の霜は開けたり閉めたりして温かくなるとつくので、氷の面積が大きくなるというのが科学上の常識だ。

オランダ人たちとこの辺をよく議論するが、CO2にしても日本の場合は割り箸や楊枝にしても、あるいはクリスマスツリーにしても、森や木を育てるためには光を多く入れる必要があるから、間伐し伐採して手を入れなければいけないのは自明である。ワンガリ・マータイさんが言う通り、外来の木ではなく、その地に生えている木を植林することが森を作る上でふさわしいが、それとてもきちっと間伐し、枝を落として手を入れなければならないのは言うまでもない。日本は70%以上も森林だが、若い森はCO2を吸収するが、年を取った森はすでにCO2を吸収しないし、朽ちていけば当然CO2を出すことになる。だから一方的なコマーシャルベースで展開されているグリーン購買やリサイクル活動など、本当にそうなのかもう一度しっかり考えてみる必要がある。思い込みと、極端な判断は要注意だ。

2002年までにコロンビアの首都ボコタにあったカーネーションのハウスは標高を上げて2500mに移した。地球が暖かくなっているからだ。長野県の伊那谷でカーネーションを出荷している人たちは「俺たちは愛知と同じ時期に出荷した方が良いものができる」と言っていたが、北海道でも寒くて今まで出荷時期が限られていたのに出荷時期が延びたり、他の品目を作ってみたりと、北海道、東北では温暖化をプラスに考えている産地も多い。今の地球の平均気温は15℃、地球の氷河期でも10℃くらいあったわけだから、地球上の生物は歴史上暑いほうが得意なのだ。そう考えてみると暑くて眠れずぐったりしてしまうが、さりとてもう一度温暖化や環境の問題、経済成長の問題、石油資源の問題をしっかり考える時期に来ている。マスコミを盲信するのではなく、もう一度自分なりに環境問題を考えて生活することが花を扱う我々にとってどうしても必要だと思う。

投稿者 磯村信夫 : 2007年7月16日 00:00

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