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2006年3月13日

情報経済

ホワイトデーの買い物がてら、久し振りに土曜日の街を歩いた。最高の天候に恵まれたので、銀座も新宿も繁華街は大勢の人で溢れていた。
高くても価値のあるものは売れているというが、本当にそうで、衣料品だけでなく花も良く売れていた。13日の今日はお彼岸の花の最大の出荷量。沖縄県が前進しており、今日が最も多い日となっている。小売店も店により卒業式、ホワイトデー、宴会と寝る間もないほど忙しい店があるかと思うと、これらの3月の特需を得ることができず、彼岸の需要だけになっている店も多い。なぜこうも特定の小売店にあらゆる需要が集中するのか。かつては卒業式もホワイトデーも満遍なくどこの店でも需要を取れていたのに、21世紀になって情報販売と言おうか知識販売と言おうか、経済そのものが情報化して、情報経済をきちんとこなしていかないと物やサービスを売れるということができにくくなってきた。商いが細るのだ。事前に段取り、呼びかけ、商品の陳列が出来て初めて売れる。こうなってきているのだ。実体経済の発展は情報経済が条件となっているのだ。
このことは売り場や会社だけのことではない。業界についても言える。卸売会社でもセリ前取引の手法のひとつ、ファックスやインターネットでお知らせし、定価売りをしているところが随分と増えた。ホームページを出すというのは企業として至極当然で、これがなければ信用すらおぼつかない。こう思ったとき、もしかしたら花き業界が伸び悩んでいるのは、オーバーストアだけでなくPR不足なのではないかということに思い至った。どうすれば全体としてアピールできるか。全体という時代でないとすれば、力ある企業は積極的に消費者にアピールしていく。いくつもの企業が積極的にPRし、それにより需要が喚起されるというふうに世の中はなってきているのだ。

投稿者 磯村信夫 : 16:00

2006年3月 6日

新たな局面に入った世界の政治経済と日本花き業界

 偶然かどうか分からないが、中国共産党全人代の会期中、ブッシュ大統領はインド・パキスタン・アフガニスタンを訪れ、政治経済において今後とも相互補完をしながら発展していく旨を約束した。アメリカについての見方はいろいろあろうが、当のアメリカ人やヨーロッパ人が思っているアメリカ像というのはピルグリム・ファーザーズの考え方そのものだ。自分の主義主張を通すために、旧大陸、すなわちヨーロッパを捨ててでも果敢にチャレンジする。勝つためには圧倒的な軍事力が必要だ。こう考えているのがアメリカという国だ。だから傲慢さが出るときもあるし、若さが出るときもある。だが世界で唯一の超大国といっていいアメリカで、2005年、上院と下院合同の公聴会で中国政策が話し合われ、中国をかつてのソ連ほどでもないにしても、石油戦略上の仮想敵国と位置付けた。アメリカの対中戦略が変わったわけだが、その一端はブッシュ大統領のインド訪問となっているし、先週の台湾陳総督の発言となって表れている。そのような新しい枠組みの中で、景気が上向いてきた日本は経済的に21世紀型に変わったかのように思われているが、そうは楽観視できない。
 日本の本当のご近所である中国やインド、ロシアが世界経済の中で台頭してきているから、日本人がやらなければならないことは弛まぬイノベーションによって更に価値を高めたり、生産性を上げてコストダウンを図っていくことである。知識(知価)社会になっているから、絶えず知識を更新しながらこの世にないものを生み出していくことが必要だ。これは言うは易いことだが行うは難し。というのも実際日本の得意技はゆっくりした改革(維新)で、根本的に改革のスピードが遅いから改善を積み上げていく。この改善が日本の得意技だ。海外から日本は保守的だとよく言われる。例えば白バラならティネケが中心となって流通している国は、もはや日本を除いてはない。もっと大輪のアキトが中心だ。赤バラならローテローゼのように良いとなったらずっと続くのも日本ならではの傾向だ。これは花の例であったが、規制緩和が撤廃され、自由競争が世界の潮流となったが、日本では規制もしくは自ら内部のルールで、自由化の中でもインフォーマルな課題について規制を敷く文化があり、その保守的な暗黙の規制の中で商売を発展させていくのが得意技の一つだ。中国・ロシア・インドが台頭してくると、これがむしろ仇となり、遅れをとりかねない。

 ここまでは日本経済の一般的でインフォーマルな課題について話をしてきたが、花き業界はまさにこの縮図である。景気が良くなったというが、なかなか実感できないとの声を聞く。それはそうだ。10年近く貯金を取り崩して支出をしてきた日本国民は、所得が増えたので貯蓄をまた始めた。そんなに簡単には花の消費に回ってこない。プラス経済界同様、フラワービジネスも構造改革を余儀なくされているのだ。構造改革をしているということだけでも意識していく必要がある。大田市場の仲卸通りを見ていても知識時代だから、情報売りが欠かせない。ポップやお勧め表示など、今の時代に合った販売をしている店があるかと思うと、相変わらず20世紀と変わらない売り方で何を売ろうとしているのか分かりにくい、唯一箱から出した花を水に浸けて売っている、そんな仲卸の店舗もある。その会社の経営者が構造改革を意識しているかどうかはこんなところでもすぐわかる。花き業界の我々も日本の課題を花き業界の課題とし、精進してリストラしていく必要がある。

投稿者 磯村信夫 : 17:16

2005年9月26日

粗利

 どんな役割を担うのかリスクはどの程度かによって業界の粗利が決まってくる。
量販店は経常利益を4%代に乗せる為27%の粗利は欲しい。尤もアメリカの株主はこれでは満足しないからアメリカ量販店の粗利はさらに高いことは言うまでもない。だからアメリカでは経常利益10%を出すのが経営者の仕事だ。話を元に戻してオランダの輸出専門にやっている仲卸でも35?40%の粗利である。 EUの国々へ輸出する場合は25%、セリ場で仕入れ代行だけをする他のことは何もしない場合で10%の粗利をもらう。理由は即日決済だからだ。この10%に銀行の借り入れ金利やプロの目利き料も含まれる。

 日本の仲卸はあの小分け作業を見ていると箱から出してピッキングまでするのが仲卸の仕事だから、最低でも15%ないと社員の退職慰労金積み立てまでの経費を捻出できない。花は季節指数が高いので社員のみだったとしたら残業手当(25%増し)、深夜手当て(50%増し)で利益は飛んでしまう。社員の構成を派遣社員やアルバイト、パートをいれて考えていかなければならない。

 さて卸だが地方卸売市場の10%、中央卸売市場の9.5%の手数料、これらは現在合法的なカルテルで認められている。
売上高経常利益率をみていくと1%に満たない会社が殆どだ。これは考えなければならない。花の生産には多数の中小の生産者が頑張って存在している。花屋さんも頑張っている。だから多数と多数を結びつける卸の機能は十二分に果たせる素地があるわけだ。であるにもかかわらず売上高経常利益率が1%未満であるというのは経営がなおざりにされているということではないか?
加工食品メーカーは数が絞られてきた。スーパーマーケットも系列化され会社自体は店舗数とは裏腹に少なくなってきている。このような中にあって加工食品卸は経常利益1%を確保している。会社として活躍できる素地がありながら花の卸は経常利益で1%の利益を稼ぎ出すことが出来ないのは無駄をしているからだ。会社に価値を与えていない証左である。ではどのようにすればよいのか、

?コストダウン
?地元の為の卸

以上の2点を集中的に行うことによって消費者の為の卸売会社として再出発することが必要である。消費者の為の地産地消であり消費者の為に国内外のブランド産地を買い付けてでも取り扱う必要がある。いずれも自社が地域の消費者の為に存在することを忘れてはならない。
また粗利に話を戻すとして、では生産者粗利はどのくらいになっているのか・・・
需要が少なくて売りあぐんでいると想定しよう。それは消費者価値が下がっているということだから自分の花を売ってくれる量販店の粗利目標が25%以上だとすると生産者も粗利が25%以上となる目標をたて、経常利益4%を確保できる販売を意識することが必要だ。
世の中はコカ・コーラでさえも自社で値段をつけることが出来ない。需給バランスによるマーケットに価格は委ねざるをえない。これを20世紀後半から始まった潮流、ダイナミック・プライシングという。これがメーカーである。農業者にもコカ・コーラ目標は当てはまる。
まずは最悪を考え利益を出す生産を行う必要がある。

投稿者 磯村信夫 : 17:58

2005年8月 8日

浮上してきた世界経済

 先週、夏休みを頂いてモンゴルに行ってきました。昨年訪れたポーランドなど新たにEUに加盟した中欧諸国に引き続いての海外視察です。

 私の世代は全学連の世代で、私自身はノンポリでしたが「なぜ社会主義が」という命題がいつもどこかにトゲのようにひっかかっていましたので、89年のベルリンの壁崩壊までソ連や東欧、中国やベトナムなど以前は好んで社会主義国家を旅していました。 

皆さんはコメコンというのをご存知でしょうか。アメリカが第2次世界大戦後、ヨーロッパ復興のためにマーシャルプランを掲げ実行したのに対し、ソ連を中心とし東欧諸国がコメコン(東欧経済相互援助会議)を経済協力機構として結成しました。具体的にはポーランドで部品を作り、ブルガリアで他の部品を作り、チェコで戦車を組み立てる。それをソ連に輸出するというもので、一次産業は自己完結型ですが、コメコンによって二次産業はすべからく分業化したわけです。ですから「プラハの春」の気運はブルガリアやポーランドなどにも以前からありましたが、計画経済で分業化し、それで経済が回っていたわけですから、為政者や官僚たちは社会主義体制を取りやめることがなかなか難しかったわけです。

 89年、ベルリンの壁が崩壊し、90年に政治体制は自由主義、経済体制は資本主義をとった多くの国々も、この分業体制が壊れたわけですから、凄まじい困難が待ち受けていました。現にポーランドやブルガリア、チェコ、スロバキアのように基礎学力が高く、技術を持った国でも93年くらいまでにはひどい財政赤字となってしまいました。しかし、その後浮上してきたのは皆さんもご存知のとおりです。その状況を見ていますから、91年ソ連崩壊後もロシアはCISという独立国家共同体を作っています。それは50年コメコン体制で来たものを、急にそれぞれの国内で完成品まで作るのは不可能と考えた東側諸国が多かったことを示しています。

 中国はこのソ連の体制と40年程前に袂を分かち、コメコンから外れて当時はアルバニアだけが友好国家でありました。それが幸いして一国で最終完成品まで作るノウハウを各産業分野で身に付けていきました。特に92年、小平の「南巡」後にはあらゆる方面で国産化が起こりました。まるで日本のようです。何から何まで中国製のものがあるのです。

 さて、先週行っていたモンゴルですが、お土産を買おうとしても私が実際に食べてみてこれだったらいいと思ったのはアメだけでした。チョコレートもありましたが、今日本は暑いからだめ。ウォッカやビールもありますが、会社用にはならない。となるとアメだけでした。では、そこではどのような生活をしているかというと、デジタルですから、TVはNHKもCNNもBBC2も見ることができます。日本車もあります。一般の人たちは中国製、韓国製、ベトナム製、ロシア製のものを消費しています。まだマクドナルドは進出していません。しかし、10年来の大混乱を経て一定の秩序を取り戻した新生モンゴルは1960年代の後半から70年代初頭の日本同様、明るさが見えます。若い人たちの間では国を良くしていこうという気概が多く見られます。きっと良い国になっていくでしょう。

それにしても韓国製や中国製商品の競争力は目を見張るものがあります。モンゴルの生活を豊かにしていました。この頃2回に1回はこのような進化途上にある国にお邪魔し、世界の動きの一端に触れさせてもらっています。

そうそう、モンゴルの首都ウランバートルには素晴らしい外観の花屋さんが2件あります。いずれもラッピングペーパーや造花、或いは人形などが多く置いてあり、切花や鉢物は全体の3分の1程度。飛行機で北京に買いに行き、送ってもらっているそうです。

投稿者 磯村信夫 : 18:13

2005年7月18日

日本流の委員会制度・執行役制度会社

 土曜日の晩にようやく今年もコハダの新子にありつけた。「江戸っ子だってねぇ、神田の生まれよ」と言うと初鰹を思い浮かべる人もいると思うが、寿司ではなんと言っても江戸前で今年初めて取れたコハダの新子を早く食べて自慢するところが江戸っ子というところだ。

 大森は寿司屋の多い場所として全国でも有名だ。きっと浅草海苔(大森の漁師が海苔を浅草紙のように漉いて、紙状にして商品化したことから浅草海苔というが)は最初から大森で作られていた。それに築地以外に都内で魚市場があったのは大森だけだから、寿司屋が多いのはもっともだ。地元の連中が出入りする店は決まっているが、そこではコハダの新子にうるさい。この界隈は小関智弘さんというライターが戦後60年を記して、大森界隈の戦中戦後を一冊の本にした。それについてここでは語らないが、まだその頃は大森区・蒲田区に分かれていた頃で、戦後一緒になって大田区になったので大田区の「大」は「太」ではなく「大」なのだ。この地域は日本が大東亜戦争に突入してから、急速に軍需工場が増えていった。町工場のうちの4分の1、下請けがあったから実質3分の1が軍需工場となった。大森といえば、大森貝塚が有名だった時代、日本で最初の鉄道が新橋から横浜まで敷かれていたが、今で言うグリーン車の券が一番売れたのは大森駅であった。明治の大老たちは根岸や大森に住んでいて、馬込の文士村で分かるとおり、高級住宅街であった。それが町工場も有名な地域に発展していったのは戦争のお陰であった。

 今でも小生の友人の中には親父たちの工場(こうば)を継ぎ、世界の小さな巨人として活躍する人も少なくない。バブル崩壊後、10年で工場の数は3分の1になってしまったが、相変わらず気風のいい生き方をしている。

 

 さて、その友人たちと話をしていると、経営の根本が見えてくる。家族でやっていても、或いはもう少し大きく20人位の規模でやっていても、公私のけじめは厳しい。「厳しい」というと語弊があるかもしれない。会社に尽くして私欲が少ない。会社と個人はイーブンな関係というよりも、むしろ会社の存続に力点を置いたものの考え方に徹している。後を継ぐ息子夫婦にもそのように教育している。これはここ10年でとても変化したことだ。

 以前は慣れ合いだったが、その慣れ合いの中では私利私欲が優先されていた。それがすっかり会社の存続、すなわちお取引先の繁栄を考え、お取引先のために何ができるのかを考え実行する癖がついている。

その連中と飲み食いしながら話していて、大田花きの委員会制度と執行役制度の導入についての話をした。小さな工場ながらアメリカの会社をお得意先としているアメリカ通のU氏曰く、今年のアメリカ大リーグのオールスターのファン投票に、イチローと松井は選ばれなかった。これが米国の凄いところで、あらゆる分野でオーディションに近い考え方をしている。確実に進歩していくことが実社会の中で必要だという。オーディションの選考委員と同じ制度が社外重役を中心にした委員会制度だ。それぞれの委員会・執行役の人選(取締役・執行役の人選)とチェックをするシステムが委員会制度で、選ばれた人も一年任期である。この制度を上手に運営するには、日本流に少し手直しする必要がある。具体的には日本はアメリカより少々情に余韻がある。甘いわけではないが、過去を引っ張る傾向がある。だから指名委員会も報酬委員会も少し日本流に焼き直す必要がある。一方監査委員会は、法令遵守は無論のこと、信用、更に評判作りの面から執行役や取締役をチェックをすべきである。

戦後の復興は天や神などに仕えることを教育された日本人が成せたことだが、今となっては宗教や道徳を教えられなかった日本人も多い。今の若者の中のニートやフリーターが社会問題となっている。このような日本の世の中で「仕える」ことを明確にした執行役制度は意義があるのではないか。責任を明確にすることができると、U氏は言った。

投稿者 磯村信夫 : 18:16

2005年6月20日

消費は週末型に完全移行

6月12日(日)の北京日報に北京市民が1年間に購入する観賞用植物の総額は5億5千万元に上がっていると報じられた。また、同記事に市場調査で80%の家庭が観賞用植物を購入したことがあると答えており、室内装飾として需要が高まっていると言える。一方、総務省によると日本全体では40%の家庭でしかホームユースがないとしている。この2つの数字はどちらが正しくて、どちらが正しくないのかわからないところである。唯一、確かだと思うのは中国ではこれから花の消費が増えようとしている。日本ではまずは一服で、新しい時代の生き方をそれぞれが確立し、次の花の需要の前段階になってきている。私が大田花きの社長だから言うのではない。例えば朝日新聞の湯浅先生の「花おりおり」のコーナーは一時夕刊に移ったが、また朝刊に復帰した。一面だからすごい。産経新聞でも「皇居の花」として一面で似たようなコーナーを設けている。

土曜日、高島屋のお中元の新聞広告をご覧になっただろうか。生花でボール状にアレンジし、それをアイキャッチとしている。花のイベントだけでなく、路地裏園芸やマスメディアの記事など本当に花が多く使われている。確かに見栄の消費は殆ど姿を消したろうが、1990年代に花がたくさん使われていたこと、その経験を踏まえた需要が予期できる。それは何かと思い、またいつ本格化するかを見極めに昨日街を見て回った。父の日と梅雨の晴れ間だったから、めぼしいお花屋さんは良く売れていた。5Sが行き届いた店でないとまず売れなくなったと痛感する。それからキーパーを置かないお店も多くなってきたから、バラのように咲いていく過程を楽しむものは、荷がごちゃごちゃとありすぎるとあまりきれいだと思わない。もう少し生きが良くてシャキッとした切り前のものがあると手を出しやすい。五分咲きになったものがギューギューに詰まったものがあるとどうもいけないということだ。これはユリにも言える。

 昨日確信したのは、花の消費はは週末型に移行したということだ。例外はオフィス街の花店くらいで、殆ど全国の花店は週末型になった。だから週末に向けての小売店の買い気は天気が悪くなければ今まで以上のものがある。その代わり、月曜日、或いは火曜日の鉢物は週末の売れ具合を反映する。水曜日・木曜日は月曜日・火曜日の荷があまり多くなければ品揃えのために仕入れを起こすが、普段はまあ仕入れるか我慢するかのどちらかで、あまりウェイトが置かれない。このように仕入れる日、或いは相場が立つ日が少なくなっているところに問題があって、卸売会社は小売店・仲卸ともどもこれをどのように平準化していくか、打開策を見つけて行動するのが現在の流通業者の課題である。しかし、消費は確実に週末型になっている。

投稿者 磯村信夫 : 18:22

2005年5月16日

当たり前のことを当たり前にする

  経営に関してアドバイスが欲しいと言われているいくつかの小売店や仲卸さん、或いは卸売会社の総会前の役員会などにお邪魔している。その業態の中で決して大手ではない所が殆どだが、厳しい中でもまあまあの経営を行っている所が多い。

 昔と違って皆が良いという時代ではなくなった。従って販売拡大の余地があるところに経営資源を投下して、売上や利益を掴んでいかなくてはならない。特にここ5年は総務庁の家計調査が示す通り、花を買わない家庭が5割から6割に増えた。個人消費が不活発になったわけだが、そこで販売拡大余地を探るとなると大変だ。では本当に大変なのかというと、実は当たり前のことを当たり前にやるということに尽きる。小売店であれば5Sの徹底と1日1回は顧客の気持ちになって道の向こうから自分の店をチェックする。これを習慣化して仕事をすればよい。もちろん事業規模が大きい方が有利ではあるが、売上規模だけではないと土曜日に伺った長野県の卸売会社で実感した。そこは堅実経営、気を吐きながら昨年は取扱金額は落としているものの、利益を上げることができた。無駄は一切ない。

 花き業界全体としてなすべきことは、花を買っていない6割の家庭に買ってもらうようにすること。拡大余地はまだまだある。努力をしなければならない。また、個々の経営は時代に対応して確実に変化していくこと。変化しつつ、消費者の先回りをして提案すること、価格ではない競争をしていくことに尽きる。是非とも個々の事業活動では小売店に任せておくだけではなく、種苗会社・仲卸・卸も、直接消費者に訴えかける活動をして欲しいと願っている。

投稿者 磯村信夫 : 18:31

2005年5月 2日

まず物流改善

 JFTDのテレビコマーシャルはなかなか面白い。あのようなセンスでこられるとこれはどうしても花を贈りたくなってしまう。みどりの日から始まるゴールデンウィークは、今年は母の日で終わる。毎年の例だが、花とみどりが主役の時期だ。このときに合わせて、日本橋高島屋では池坊展が始まり、横浜では(社)日本フラワーデザイナー協会が主催するワールドフラワーショーが開催された。また表参道では草月流が中心となって、花のイベントを催し、5月1日のスズランの日にちなんでスズランを販売しているところも多く見かけた。イベントを企画していた日比谷花壇さんや青山フラワーマーケットさん、プレジュールさんなどが中心となって取り組んだが、売上げは予想していた通りで、今年は開花が遅れたので充分に出回らず、スズランの量が足りない結果となった。また、小売店や量販店では端午の節句の花菖蒲、風呂菖蒲を盛んに売り込んでいる。先日、伊豆太陽農協が晴海トリトンスクエアで花菖蒲の販促を行ったが、15分で完売という人気ぶりだった。

 そして今日は母の日用カーネーションと葉物の入荷が最も多い日である。昼過ぎまでセリが続くほどの大量入荷だ。この時期は花の仕事をさせてもらい本当にありがたいとつくづく思う。

 さて、必要とされているときに供給するのは我々業者として当然のこと。しかし、最近のようにお天気が安定しないと、咲いたり咲かなかったりで約束どおりの日に納品できなかったり、予定より多く出荷され予定通りの時刻に出発できず、結果的に卸売会社でも待たされて荷を下ろすのが朝になってしまうというような結果になってしまう。昨日から今朝にかけては雨だったため、荷を下ろすスペースが足りなくなるということも起きた。

 このような物日の時に物理的な要因(場所・人員・時間)から1日で処理できる量は限られてしまう。とすれば花き業界全体で商物分離、前日集荷など制約条件を取り払う努力をしなければならない。改正市場法で安全・安心が叫ばれているが、これはデメリットがないように、マイナスにはならないように、危険ではないようにしてくださいということだ。言うなれば、マズローの欲求段階の中で一番下の欲求だ。これをクリアーして、更にメリットを提案する業者として、産地・運送会社・市場(卸・仲卸)は顧客に選ばれなければならない。顧客のメリットを提供できなければならないのだ。

 今年の母の日前の産地と卸売市場間のロジスティックを見ていると、相変わらず「しかたない」で済ませようとする甘さがある。もっと取引先のことを考えて、物販50、作業サービス50でサプライチェーンを構築していかないと、結局小売店が売り損なう。小売店が売り損なうと花き業界全体の商い額が減ってしまう。卸と産地は「小売の現場でジャストインタイム」に焦点を当てて物流改善をしなければならない。もう後はない。

投稿者 磯村信夫 : 18:33

2005年3月28日

花の小売チャネルと年代層を考える

  今、車社会と売り場を勉強している。都内では徒歩と自転車、それに電車と昔ながらの移動手段をとっているが、地方は車社会の中で郊外に買い物場所が移転している。産地回りや旅行に行ったときにそれを感じる。この2月下旬からは、実際に自分が消費者になって買い物をしようと体験してきた。

 結論は、ホームセンターが21世紀を体現し進化している。勿論ホームセンターと生鮮品のスーパーや専門店などを合わせたショッピングセンターが楽しいし、繁盛しそうだが単体だけでもいけると実感した。GMSは利益が出にくくなっていると報じられている。あの素晴らしいイトウヨーカドーやジャスコでさえもなかなか苦戦をしているらしい。しかしホームセンターにいくと住関連以外の花も植木も品揃えが大変良い。園芸類では市場外流通物もあるが、市場流通のものできちんとしているのも売られている。また、近年力を入れ始めている切花もようやく格好がつきつつある。まだ会社によって完成度はまちまちだが、今後売り場としてきちんと作っていけそうなチャネルである。そして花や緑を買いに来る年代層を見ていると、これは幅が広い。まさに結婚をしたばかりのカップルから子供連れ、老年までいる。ここがホームセンターやら量販店の強味である。今後とも花の販売チャネルとしプレゼンスが高まるに違いない。

そのような広い年代層を羨ましく感じたのは昨日まで幕張メッセで3日間開催された日本フラワー&ガーデンショウである。来場者の殆どがおじさんとおばさんで入った瞬間驚いたが、みんな熱心で滞在時間の長いこと、真の花好きの人たちばかりで、このショウを楽しみに来ている人たちが年々増えていることがわかる。固定客は作れたとなると、それより若い年代をどのように連れて来るかが今後私たちが考えなければならないことのように思う。このショウの会場で同業者と話したが、彼も来場者の滞在時間と年代層のことに関心があったようだ。小生からホームセンターのお客の年代層のことを言うと「そうだよね。何かやり方があるはずだ。考えてみましょう。」と来年に向けての宿題となった。そういえば、3月に入り、衣料品店のGAPのピンクガーベラプレゼントや、丸の内の中央通りでチューリップフェアをやっていた。春は若い消費者を取り込む時期である。卒業式や入学式ばかりでなく、日頃の店頭でも販売していきたい。

投稿者 磯村信夫 : 18:37

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