貞観政要


“良い不況にする”とは、不足を嘆くのではなく、足るを知ることからはじめ、今後継続的に発展するための投資を行うことである。そこで、一つの変革期であるので思いきって「貞観政要(じょうがんせいよう)」を読み直そうと心に決めた。
日本では、北条政子や徳川家康が愛読していたので、戦前は良く読まれたというが、昨今は月刊誌「プレジデント」で取り上げられたくらいで、我々からやや遠い存在となっている。しかし、ドラッカーも「経営者で欠かせないのは人望である」と、徳をつむことの大切さを説いているが、「貞観政要」の教えは非常に有効であると信ずる。北条政子や家康が愛読したのは、草創(創業)から守文(安定期)への移行をいかに巧くするかに心を砕いたからに相違ない。
日本は低成長、すなわち守文の時代に入ったといえども、守文ほど難しいことはないので、ここで不満が出ている。かっては権力者と民衆という構図であったが、今は世の中が複雑になり、会社の中でも権力は「長」とつく者なら誰でも持っている。また、それよりも民衆こそが権力者なのである。ただ民衆におもねるマスコミが、時代が変わっているにもかかわらずかっての権力者である政治家や官僚、会社の社長などを批判し、悪いことは彼らのせいにするから、実際の権力者である民衆は増長する。実は増長しているのではなく、もっと冷めて自己防衛しているのが、今の個人消費の不信である。
変革期ゆえにリーダーシップが叫ばれるようになった。リストラなどで判るとおり、経営側に権力の力点がおかれ、労働側は権力を失いつつある。競争激化が世界を覆い尽くし、行きすぎた労使関係の是正が産業界で行われている。日本やドイツは、アカウンタビリティーを効かせ、ステイクホルダー達に意思決定の説明をし、行動する義務を新たに欧米から仕込まれつつあるが、アカウンタビリティーを効かせたリーダーシップは今後スピードの点からもますます必要になり、労働側はその分力を失い、雇用不安に慄く。これが今年の労働事情だが、経営者のリストラ構想の中で「初心を忘れるな」とか、「創業の精神に立ち向かって」などでこの困難は乗り越えることはできないということを、「貞観政要」は教える。すでに日本は守文であるので、新しい安定成長への仕組みを打ち出さなければならないのである。陽性な創業期に比べ、静かな陰性の安定期に向く社会や会社の仕組み作りを、いかように生み出すべきかは、あらたな創造なのである。



1999/02/08 磯村信夫