庭園国家


 経営史の川勝教授によると、ガーデンシティーを日本では「田園都市」と訳してしまったらしい。本当は「庭園都市」であるべきで、かっての江戸、現在の京都や奈良が庭園都市と呼べるのであろう。

明治になって外遊した岩倉具視が、キャッチアップ戦略をとった。これが富国強兵である。当時大国であったイギリスを手本に、後には日英同盟が示すとおり対等なる条約を結ぶところまで、我々の先祖は富国強兵によってバカにされない日本を作ってきた。

日本の国力も、現在ここに至ればもっと他国から尊敬されて然るべきだが、若者達は戦争に負けたアメリカに、未だあこがれている。小生の世代はアメリカに反発する気持ちが強く、欧州、特にドイツやスカンジナビア、そしてイギリスに価値を見出すが、戦争に負けたが故にアメリカを抜きん出ることはなかなか難しい。

その時、アメリカの下にいることを好まない気運を作るためには、明治期にお雇い外人が異口同音に書物に書き残した「ガーデンアイランド」としての日本を再考する必要がある。小渕政権下で、マンション一人当りの㎡数を30〜40㎡にしようとしている。居住空間が広がることはすばらしいが、それプラス、庭園都市を作っていき、自然との美しい調和を持って海外から尊敬され、アメリカからの隷属や、それと対をなすアジア諸国の蔑視の考えから脱し、それぞれの固有の価値観を認めていく道をとらなければならない。今、景観の美しさを花普及センターが提唱しコンクールを開いているが、これは本来日本が培ってきた庭園国家の復活を意味するものであって、決して西欧の真似でないことを心しておきたい。




1999/08/16 磯村信夫