英国は切花販売の先進国?


近頃、英国が切花販売の先進国であるという発言や記事をよく見聞きする。現にスーパーマーケットでの切花販売は目を見張るものがある。特にここ5年くらいがすばらしいのだ。きっと、それ以前のうちに花き産業と関わった人たちは、現在の英国を見て言っているのだろう。チェルシーフラワーショウ開催時には、ロンドンのシティにある証券取引所の相場が下がるほど、ロンドン子にとってガーデニングは大の関心事である。

パックスブリタニカのとき、世界から有用植物や観賞用植物を集めた英国は趣味レベルの園芸は世界最高水準であったが、実際の商売となると殆どオランダに任せきりであったと言える。園芸の学術的なレベルの高さとそれを支える裕福層という図式が英国の特徴である。アフタヌーンティでお客様をもてなすとき、庭に咲いている花を切ってそっと添えるのが上流階級からブルジョアジーの作法であったわけだ。従って切花消費が少ない国、英国として1980年代まで続いていた。但し、ナルシス(ラッパスイセン)の切花の生産だけは今でもEUで最強である。

日本でもよく話題にされるスーパーテスコは、1980年代前半まで労働者階級のものであった。今では、広く各階層に受け入れられているが、マークス&スペンサーやセインズベリーと比べてみると、花束の小売価格はワンランク低く抑えられている。さて、英国は切花が売れない国としてヨーロッパでは有名であった。それがスーパーマーケット、特にマークス&スペンサーとセインズベリー、そしてセーフウェイが次々とオランダの仲卸や花束加工業者と手を組み、販売したのに続き、やや後手に回ったテスコも、本格的に花販売を始めた。

1980年代後半から90年代前半、オランダではバケツの水のバクテリア対策、卸売市場内の鮮度保持、大保冷庫、バケツ洗浄機の導入、台車洗浄機の導入と、花を長持ちさせるためのインフラが整った時代であった。しかし、1995年頃は「まだスーパーマーケットと付き合っていても、納品価格の点が厳しく、利益を生み出すどころか損をしてしまう」と、花束加工を事業化した社長は異口同音に言っていた。スーパーマーケットでの花の販売方法についても模索されていた時代で、アルバートヘイン(オランダのスーパーマーケット)はセルフ販売と対面販売について調査した。結果は対面で売るとセルフの6倍は伸びる可能性があるとヨーロッパのスーパーマーケット業界で話題が持ちきりになった。しかし、殆どのスーパーマーケットは対面販売をせず、魅力的なボリュームのある花束を作り、花保ち保証をすることによって、またスーパー側は花をきちんとマネジメントすることによって、顧客に訴求することとなった。そしてこれが成功した。

さて、量販店での花の売り方においては、英国よりもアメリカの東海岸の方が歴史が長い。ボストンやフィラデルフィアの量販店では、1970年代から花の販売に取り組んでいたし、85年に全米中で量販店が花を取り扱うとこぞって言い出すと、クローガーは花の取扱金額を著しく伸ばし、店舗によっては全売上の5%を占めた。

しかし、切花そのものの流通や消費という観点で見ると、格段に長い歴史を持つのは日本である。神や先祖を敬う文化や或いは榊や仏花、生け花の文化を脈々と受け継ぐ花飾りへのたしなみ。1980年代後半から、フラワーアレンジメントが一般に普及しても、室町時代から続くこの花飾りを生活のたしなみとすることが失せたわけではない。花の供給線があたかも血管のように、毛細血管まで生き生きとつながり、切花好きの国民へ花を届けてきたのが日本である。何もここで日本の花き生産流通について威張ろうとしているわけではない。日本は優れた花き消費と流通網を伝統的に持っているという事実を知ってもらいたいのである。

それなのに現在、半分以上の家庭で、1年のうち一度も花を買ったことがない。花き業界はこれを増やすにはどうしたらいいのかということを考えなければならない。参考になるのは、英国のスーパーマーケット業界の花の売り方、花保ち保証が可能な花き産業のインフラ整備、そしてそれに加えて北欧やバルト海沿岸諸国における専門店、量販店の棲み分けだろうと考えている。




2002/10/14 磯村信夫