農村地域の活性化


昨日、富浦に行った。
目的は以前大田花きの社員だった鎌田君のほ場を見ること。同様に武田昇さん、石井一彦さん、鈴木さんと懇談し、今シーズンの結果と来期への方針を練ることだ。この4名の生産者は大田花きへしか出荷しておらず、それゆえ利益をキチッと出してもらわなければならないと考えていたためである。
武田さん曰く、「この頃10年前に戻ったみたいで山周りにいっぱい来る。来ないのは大田だけだ」と。どうも競争レベルが激しく、各卸売会社が産地をまめに周るらしい。そうなると共選共販や輸送体系の確立やらの業務改善がこれでまた遅れることになる。
彼らに次のように今後の流れを示した。「たまたま3月は天候不順で高値となったが、これでもとの相場に戻るということではない。小売店からすると苦し紛れの相場で、経済実体を反映したものではない。だから今後ともローコストオペレーションに努め、出荷時期は綿密な打合せをして臨んで欲しい。」
富浦は日本一のアイリスの産地だが、近年ユリを作る人達も増えてきた。アクアラインが開通し、ようやく世間の変化を身をもって体験するようになった花の生産者は、自分の作るものに関しては世間を見ず、相変わらず周り近所のことばかり見ているようだ。
私の親友に高一農場という人がいる。ユリで6千坪以上の面積を周年こなす。将来は1万坪いかざるを得ないと本人は言う。その規模からすると、富浦でユリを作っても勝てない。大の取引先の4人と話合い、今後は減反やサラリーマンになったため空いてしまった農地が多く、畑を借りるには事欠かないので、面積を拡大するようお願いした。雇用も欠かせないが、まずは家族経営でどれくらいの面積ができるかだ。
話していて気にかかったのは、地域を守る農家はいろいろな役が多く、仕事に没頭できないことがままある、ということであった。彼らに伝えたのは、お付合いは欠かせないが、農場経営者としての役割を果たせる範囲内で役を受けること。それ以外は他の人に任せて欲しい。
農村地域でも後継者難やサラリーマン化が進み、地域の運営システムも考えて行かなければならない。




1998/03/30 磯村信夫