取組みを始めなければ花き業界は飽きられる


あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

昨日CNNでNASAの無人探査車「スピリット」が火星に無事着陸したことの記者会見をやっていた。富めるプロテスタントの国アメリカと貧しさを象徴するかのようなイスラム原理主義との非対称について、この年末年始に考えていたので、少しアメリカから心が離れていたのだが、この記者会見を見ていて、日本の生き方とは違うがアメリカの素晴らしさをしみじみとかみしめた。ちょうどペリグリスの時代のアテネが成し得なかった市民による民主主義が実現されている様がスポットライトに浮かび上がっていた。

さて、年末年始の仕事の手を休めて花き業界について考えたことを記したい。
バブル経済崩壊後、主に家庭需要を広めるため、フラワーデザインスクールや小売店が日本中津々浦々に広がっていった。1995年そして一般大衆がまだ経験したことがない新鮮な余暇の過ごし方がガーデニングであった。このブームは花き消費が成熟した証しであると見るべきであった。ガーデニングブームが終わる20世紀末、既に一般大衆は花のことをそれなりに良く知り、花を特別なものなどとは思わなくなっていった。だからこの間の総務省の統計による家計支出では花を買ったことがない家庭が6割近くあっても不思議はない。花も羨望の的ではなくコモデティになり、好きな人はそれなりに買い続けるが、あまり感心のない人はあえて欲しいなどと思わなくなっていたのである。少なくとも2001年には花は飽きられているという前提に立って商いをすべきであった。しかし、まだ季節(物日)によって今までと何ら変わらなくても売れていたので、我々は努力をしなかった。ことさら何の不自由も感じない、満ち足りている消費者に刺激を与え損なっていたのだ。
花き産業も成熟産業となり、新しい商品を具体的に消費者の前に提示しないと、消費ニーズを汲むとお題目を唱えていても、張本人の消費者は自分は何が欲しいか分からないのだから、そのニーズがどこにあるのか分からない。業者間の取引のニーズはわかるので、弊社は過去3年間の品揃えと、とりわけ納期に重点をおいて業務改善、すなわち時代に合わせてきた。しかし、肝心の商品の開発はこの時点で花き業界のアンカーである小売各社の努力に委ねられてきたのだ。だから素材として供給される切花と製品として出荷される鉢物との価格下げ幅が大幅に違うということが起きてしまっている。
繰り返すが、切花の相場が保てたのは需給バランスもあるが一番大きい点は小売店が努力して商品開発をして、消費者に受け入れられたこと、鉢物に比べるとあまり長持ちしないので商品回転率が良かったことの2点である。

最後にもう一度まとめると、花き産業も国内の他産業同様、成熟産業の仲間入りをした。この国の消費者は充足しており、新しいものを提案しない限り売れない。またこの国の小売業競争の激しさは、先進国の中でもずば抜けている。従って、価格競争で囚人のジレンマに陥りやすい。よって花き業界もよく考え、新しく売れる商品を日本の他産業と同じように出し続けること、そして消費者に届けてくれる小売店と取り組むこと(「取引」から「取組み」へ:2003年9月1日の小欄をご参照ください)の2つを行わない限り、花き産業はいつ死んでもおかしくない中年期となったのである。




2004/01/05 磯村信夫