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2013年1月 7日

国産花きは国際競争に勝つ品質を身に付ける

 あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。

 12月クリスマス前からバラを始め、団塊ジュニアの好む花が期待した程、相場が出ていない。その一因に、曜日の並びがある。3連休は2011年後半から起きているレジャーブームで若い人たちを中心に遊びに出てしまう。
特に今年の正月は今日の7日から仕事始めの会社も多く、花の需要がレジャーに取られた。中高年はそれなりに家にいて、静かな休日を過ごしていた。
12月下旬から絶対量が不足しているが、そうはいっても小売店にも予算があるから全面高にはならない。確実な中高年向きの花が相場を押し上げ、仕入れ金額がかなりいっぱいになってきたので、バラを始め洋花類は安いという結果が初市まで続いた。
しかし、この第2週は成人式の週で、いよいよそれぞれの生活が通常に戻る。よって今日から洋花類は挽回していく。
そして、この寒さで昨年同様、3月までは入荷量少なめで小じっかりした市況が続いていく。

 さて、年末の衆院選で自公の圧勝となり、安倍内閣によって日本の経済再生が第一の目標となってきた。
1995年が生産年齢人口のピークでそれ以降、日本のほとんど全ての業種は売上を落としている。
人口減少の日本はベースとして内需においては、マイナス2~5%のプレートの上にのっている。そもそも日本は輸出入におけるGDPのシェアはそれぞれ20%弱なので、圧倒的な内需主導型。
そして今後は国内需要が減っていくので、景気を良くするとすれば国際競争力をつけ海外から稼いでこなければならない。。
農業の分野においても同様だが、東京電力福島原子力発電所事故による汚染で、生鮮食料品の輸出は極端に減ってしまった。

 そして、2012年の6月、中国大使館の一等書記官がスパイ容疑で捕まった。
農林大臣、副大臣を中心に対中農産物輸出事業を促進させ、日本のTPP参加を阻止する工作に出た。その時も中国は日本からの農産物を輸入禁止にしていた。
中国でのフェアは日本のマスコミにも取り上げられた。
高品質の日本の米は、値段の違いを乗り越えて中国で売れるとしたものが、結局は国を挙げてのやらせで、その活動の一環であったことが分かり、私個人としては輸出の困難さを知った。
今後何を目標に生産地に良質の生鮮食料品花きを国内外の消費者向けに生産してもらうか。
所得が増えない日本においてデフレ圧力は強いが、内需しかないのであれば、このまま本当に高品質のままで良いのかを正月に考えた。

 第55回日経・経済図書文化賞を受章した小池和男氏の「高品質日本の起源―発言する職場はこうして生まれた」と題する本を時間をかけ正月休みに読んだ。
小池先生は、国際競争力ある日本の工業製品が生まれたのはデミング賞などのQC(品質管理)活動は、戦後のことのように言われているが、事実は戦前の1920~1930年代で綿紡績業が世界一になってからである。
いくつもの指標を具体的に取り上げ、解説をしていらっしゃる。
日本が欧米に先駆けて、現場の生産従事者に定期昇給制を敷き、経営者は毎年生産効率が上がるよう期待し、実際よくその期待に答え、会社一丸となって「共働」して行った。


 私事で恐縮だが、大学の経済学部で学んだのが、マネジメント思想家クリス・アージリスの経営学であった。
フレデリック・テイラーを始め、いくつか科学的な管理方法はあるが、アージリスはまさにこの"共働をすべき"ということを自分の経営学の基礎とした。
教わったことは"人間をこう見て欲しい"ということであった。それを日本流の経営と言って、Japan as No.1から転落し、失われた10年、20年と言っているが、これは日本流でも何でもなく日本人が思う、共に仕事をする者同士の組織のあり方と役割を言っている。
我々日本人はこれで通す。私はこの思想で会社を運営していく。

 小池氏から教わったことを言うと、物を高級品と大衆品、或いは量産品に分けると、私たち日本人からすると量産品は人件費の安い途上国に任せれば良いと思ってしまうことが多い。
しかし、小池先生は大衆品・量産品は品質が高くなく、それを作る技術は低いと断定してしまうのは危ういと注意を投げかけている。作る上では、返って高級品より高度な技術を要することもあるのだ。
車を例にとって高級品のロールス・ロイスやフェラーリは少数の技能の高い労働者が一環して組み立てる。確かに多様な作業をこなす。
しかし、カローラのラインなどは一見したところ、単純な作業を繰り返しているようだが、もう少し良く見てみると、難易度はかなり高いものであることがわかる。
それは、1ラインにエンジンの大きさ、変速機など違った組み合わせの70種類ものカローラが流れてきて、それらを的確に無駄なく自分のパートを仕上げなければならないわけだ。
このようにして、故障の少ない、多種多様なカローラが同一ラインから作られていく。

 花でいうと、かなりシステム化されている電照菊でさえも同じ畑の中でも多種多様な成育状況があり、それに合わせて一つ一つ対処し的確に自分の荷として纏める。
また、共選共販の場合、それを持ち寄って共働する仲間と統一のブランドの商品として決められた規格別に揃ったものにする。
部会の中ではあたかも大農場のように、部会長が社長になって役職者だけでなく、生産者一人一人にそれぞれの役割があり、農協の検査担当者や販売担当者と共にブランドを固めていく。これが日本の量産の花の在りようだ。なので、共選共販は、一般的な個人出荷の一段上の難しさがあるが、そこの統一感は小池氏が指摘する「共働」にあり、精神は孟子の井田法の教えにある。
日本の花作りの場合、確かに1970~80年頃に国際競争力を付けてきたわけだが、その大元には量産していく中での物つくりの品質世界一を勝取った繊維工業があり、生花の共選共販には孟子の井田法がある。

 今後ますます国産の花の品質を高めていく為には、現場で働く我々が"技術研究と研修""品質への発言""働く者としての所得と福祉"、この3点を身に付けていかなければならない。
これは共働している川上・川中・川下の全ての花き業界の人たちの責務である。

投稿者 磯村信夫 : 2013年1月 7日 16:16

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