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2007年5月28日

生産委託

WTOやFTAなどで日本農業の国際競争力が何かと話題になっている。戦後の農地解放と政治の55年体制、官主導型の国家運営など冷戦構造の中でベストに近いパフォーマンスを日本は国内外で示してきたが、89年ベルリンの壁崩壊以後のグローバリゼーションの中、国内の家族を中心にする産業、すなわち農業と小売業、あるいは問屋業や運送業などがいずれも立ち行かなくなってきた。95年以降、日本の農業を国際競争力あるものにしようと6兆円あまりの国費がつぎ込まれた。商店街が大型店に負けないようにと4兆円あまりの国費がつぎ込まれた。しかし、当事者たちの意識やビジネスの仕組み、あるいは一人で出来ないのなら何人かでそれを成すという組織を新しい状況にフィットするように変えたわけではなかったのだ。それを知ってか知らずか、アジア諸国とのFTAやEPAについても締結した相手は日本の農産物について対応措置に失望の念を隠そうとしないし、WTOにおいてはアメリカ、EU、ブラジル、インドのイニシアチブに日本は蚊帳の外にされている。しかしあらゆることはこれまでベストを尽くしてきて今があるから、今後どうするのかそれを考え、実行すればよい。花はWTO下ですでに関税ゼロ。国際競争力はあるが、しかしさらに良いもの安く、消費者がまだ見たこともない花を開発し供給する。この二つを同時に行なっていく必要がある。この二つの逆は消費者がよく知っている花を、手を入れてよいもの作ったから高く買ってくれ、少なくても適切な価格で買ってくれということだ。こう要求することは「そういう時代もあったな」で消費者からすでに見放されている。もう物日のたびに単価が高くなるということは考えてはならない。消費者が必要なときになると花の値段が上がることなぞ許されてよいのだろうか。日本の生産者はコストダウンをすることによって利益を生み出すという当たり前の努力を怠ってきた。これは生産者だけでなく中間流通業者も小売業も売上高ばかりをついこのあいだまで追ってきた。しかし大切なのは利益であり現金、キャッシュである。それが今である。そして同様に大切なのが多様化ダイバーシティー、多彩な花を作りこなす日本の花作りの“技”だ。需要を先取りし、消費者の目に新鮮に映るものを出し続けること、これにより付加価値の高い他の生産国家が見習うべき手本となる農業が展開されるのである。

現状は今申し上げた変化への移行途中であるので、誰もが知る当たり前の花は単価が下がっている。収益が少なくなって温室の償却がまだ済んでいない生産者は赤字決算のところが多い。何を作ったらいいかというナレッジや種苗の手配をしてくれたらもっと花を作りたいと言う農業者は潜在的にかなりいると見ている。グローバリゼーションで足腰の強い花作りになってもらうため、大田花きはお話があれば生産委託に積極的に取り組んでいきたいと考えている。

投稿者 磯村信夫 : 00:00

2007年5月21日

グローバリゼーションで余儀なくされる自由化だが・・・

協会や組合の総会、あるいは3月決算の非公開会社の株主総会などがつづいて行なわれる時期となってきた。グローバル企業が国籍を問わず過去最高の利益を出す中で、小企業や零細企業、それらの企業で構成される協会や組合はどのようにグローバリゼーションの中で今後生き残っていくか、生き残り策が事業計画の課題となっている。

今までのやり方ではもう無理だというのは減益の結果でよくわかる。だから徹底的にリストラせざるを得ない。すでに花き業界でも事業縮小や支店をたたむなどをした生産や小売の業者は多く、卸や仲卸もそこまで行なわれていなかったものの、昨年から取り組み始め、さらに本年度加速させようというのだ。

日本はこの10年で中産階級が壊れたと言われているが、花き業界では川中の卸や仲卸を見る限り、それも外面的な話で彼らの乗っている乗用車から判断する限り、厳しいリストラがあったとは言えないだろう。しかしそんなには世の中甘くないので、当然川中の花き業者もリストラを徹底させていくだろう。そのリストラの一つの手法は物流ABC(Activity Based Costing)である。現在、社団法人日本花き卸売市場協会ではABCを会員各社で自ら取り組めるよう、標準値の設定や研修会を予定している。コストを落とすだけでは未来を作っているとは言えない。売上を作れる作業をしなければならない。どうやって売上を作っていくのか、何を買ってもらうのかであるが、私ども大田花きはすでに花以外にも特定の知識やノウハウ、あるいは各種代行サービスを買っていただき、大切な収益基盤に育ちつつある。今までは花の取引所としてのビジネスだけであったが、買付が自由化され商社的なビジネスも行なえるようになり、さらに代行業のサービスや特に付加価値の高いサービスをも商品化できるようになった。今後のアジア・太平洋自由貿易圏を考えたとき、花き卸売市場が普通のビジネスになっていくことは当然なことである。特別な知識が必要だったり、ノウハウが必要だったりすることはあっても、特殊な業界であっていいはずはないからである。

投稿者 磯村信夫 : 00:00

2007年5月14日

市場神輿(イチバミコシ)

昨日は母の日と神田祭が重なった。神田祭で一番大きな神輿は市場神輿だ。神田多町に市場があって威勢のいい若い衆が大勢いたので、他の町の神輿よりひとまわり大きい。神田から秋葉原へ、秋葉原から大田へと市場は移ってきたわけで、大田市場協会の2階事務所のところにはちゃんと神田明神様の小さなお社があって、それが大田市場を支えている。東一の川田社長から「ぜひともいらしてください」、あるいは「担ぎたい人がいたら」とお誘いをいただいているが、こちら花き部は母の日で大忙し。毎年ちょうど母の日近辺だから、残念ながら神田祭は欠席しつづけている。しかし大田市場で働くものの心意気はこの神田祭と同じだ。

初夏の花といえば、菖蒲が一番の花であろうと思う。今年は暖冬で株がよく充実したから一番花が終わってそれを取ると二番花が出てきて、二番花が終わってそれを取ると脇から花芽が上がって咲く。10本のうち3?4本は三番花まで楽しめる。この透明感を持った花はまさにこの五月晴れの透明感だ。母の日で母と話していたとき、「この年になって菖蒲の良さがわかってきた」という母の言葉から、もう一度玄関に飾ってあった菖蒲を見ると、すっと立つそのすがすがしい姿は気品となってあらわれているように思う。今年は枝物を見直しているが、雑誌の傾向もそうであるように日本古来のものをもう一度日本人の目で見直すことが必要だとつくづく思う。

最後に余談だが、テーマレストランの話。日本ほどテーマレストランが多い国はないといわれている。テーマレストランとは単品料理屋だ。うなぎ屋やそば屋、カレー屋やラーメン屋、とんかつ屋、焼肉屋などなど一つ的を絞って徹底的にそれを追求する。まさに一つの道を極めるがごとくである。よくもまあこういうようにテーマを決めたレストランが残り、活躍しているものだ。生産性の観点からいくと、卸売業はアメリカの半分、小売業は40%、レストランも40%近くという。それは個人経営の店が日本には多いからだと言われている。しかし、だからこそ質の高いサービスがある。これは消費者にとってよいことではないか。生産性を論ずるときに兼ね合いというものがある。質について生産性は語っていないから、どのへんがバランスかということであるが、後継者が育たず店を閉めてしまうところがあるとすれば、それはそれで致し方ない。その分競争が減って消費もちょっと減るが、しかし残った店の生産性は上がってくる。こうして日本は残り物に福ではないが生産性が上がってくる道を少子高齢化の中で歩んでいくことになる。

投稿者 磯村信夫 : 00:00

2007年5月 7日

生鮮を売るには特別なノウハウが必要だ

駅から自宅に帰る途中に、生鮮コンビニ99円ショップとスリーエフの生鮮コンビニがある。この二つは雰囲気が違う。八百屋さんが生鮮コンビニをやっている、これが99円ショップで、売りが強いだけでなく、「俺にはこれしかない」という気構えが店長にはある。一方、スリーエフの生鮮コンビニは大学を出たばかりの社員と思しき男性2名、女性2名の計4名で店を回しているようだ。こちらは何もわからないから一所懸命やっているものの、サラリーマンがやっており、肝心な生鮮品はあまり売れていない。売れているのは加工食品ばかりで、ナショナルブランドのペットボトルを100円で売っているからとドラックストアで買ってわざわざ運ぶよりも、ここで買えばあまり重くはない。そういう買い方を近所の人はしているようだ。僕はローソンの生鮮コンビニは見たことがないから、なぜ99円ショップと業務提携するのかは想像にしか過ぎないのだが、「99円ショップは生鮮食料品とは言っても本当に生鮮の野菜を中心にしたショップで、この“腐るもの”を売り切ってしまうのは、やはりオーナーのような気分の人にしかできないだろうな。ここに惚れ込んだのだろう」と勝手に想像している。

渥美俊一氏は日本の小売流通の権威であるが、集大成の格好でまとめられた『流通革命の真実』という本の中で、水産売場は100%赤字、惣菜売場は80%赤字、青果売場は70%赤字とおっしゃっている。ここの個所を読んだときに、生鮮食料品の売り方というのは本当に難しいと思った。例えば魚にすると、冷凍ものでなく生で、しかも近海ものとなると、いつも同じものばかりというわけにはいかないし、品揃えも日本型スーパーストアやスーパーマーケットでは一定なければならないし、そのうち鮮度は落ちてくるだろうし、見切りは必要だし、これはなかなか大変だ。惣菜売場も同じで、ただ作っておけばいいというものではない。青果売場もあれだけ品揃えをしているから儲けが出ているのか、この本を読んでから4月末、5月と各所研修のつもりで見てまわったが、午後8時過ぎてもまだ品物が豊富にある。きっと夕方に売れてしまって品出ししたのではないだろうか。オランダに行くとアムステルダムのダム広場のすぐそばに宿をとるが、そこにあるアルバートヘインは午後6時過ぎから売切れになったものが目立ちはじめる。夕食後、お酒でも買おうと立ち寄ると、もう売れ残った物や、加工食品しかない。

もう10年も前になるが、日本型スーパーストアやスーパーマーケットの社長さんが僕のところへ度々お越しになっていた時期があった。2000年になってからもういらっしゃらないのだが、自社で花売場を運営することをやめて、特定企業に任せたり、売場貸しをしたりして、とりあえず自社で花を売ることは断念なさった。もちろんこの2つの業態でも自社でなさっているところもある。自社の花売場を完成させたのは、なんといってもホームセンターのジョイフル本田殿である。ここの花売場は素晴らしい。他のホームセンターは羨望の目でジョイフルさんの花売場(切花・鉢物売場)を見ている。花の鮮度は魚と一緒だ。切花なんか刺身を売るようなものだ。こうなると独特のノウハウが必要であることがわかる。

90年代初め、バブルが崩壊し、個人消費向けの専門店が増えていった。95年から日本型スーパーストアが、次いでスーパーマーケットが、最後にホームセンターが切花・鉢物の売場を拡張した。拡張すると同時に、専門店が支店をたたみ、出費を少なくさせようと本店重視の家族経営になって、切花・鉢物の売場面積を縮小した。そして、ホームセンターは面積割売上高が期待したほどでもないので、花売場を縮小してきた。また、日本型スーパーストアやスーパーマーケットが花売場を外部委託化し、売上が未達の店では物日以外は花を置かないことにした。こうやって花売場の面積は縮小し、卸売市場協会ベースの花の取扱金額はわずかだが少なくなった。繰り返すが、花は近海そのものの魚と同じなので売り方に特別のノウハウが必要だ。そして売り切る人材が必要だ。それは専門店にしか期待できないところである。

投稿者 磯村信夫 : 00:00

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